一月も終わっちゃうね(1/31)

スミマセン。まずあやまってしまおう。今年こそ間を空けずに書こう!と思っていながら、三週間近くアップできずにいました。かかえていた仕事が予想以上に重く、同時にプラネタリウムのライヴもあり、当然ながバイトもあり、気がつけばもう一月も終わりというわけです。弁解、弁解、いい訳ですね・・・・。


さてそ、んな忙しい間にチラッ、チラッ、とテレビを横目で見ながら思ったことをひとつ、ふたつ。


ショッキングだったのは鳥インフルエンザの報道でした。何がショッキングだったのかと言えば「処分」という名の元にヤマのように積まれた、鶏の死体でした。何年か前、BSEが発生した時にイギリスでやはりヤマのように積まれた牛が燃やされている映像を見た時も、つい先日大量のハクビシンが処分された時も、霞ヶ浦の鯉が大量に捨てられているの見た時も同様の思いにかられました。動物を媒体とした感染症の流行を食い止めるため、もちろん筋は通っています。止むを得ない処置だったとしても、その背後に終末的未来を暗示するような流れを感じてしまうのです。
映画「猿の惑星」シリーズのストーリーは、人間が飼っていたペットが疫病によって死滅した為に猿をペットとして飼うようになり、それが核戦争に繋がっていくというものでした。また「ブレードランナー」においても「本物のフクロウなんて飼えるわけないじゃないの」というくだりがあります。原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」を読むとやはり動物に疫病が流行しほとんど死滅してしまうというモチーフがあるのです。
映画のたとえはともかく、そういった映像を見る度に心の底から湧き上がってくる言いようのない不安を感じてしまうのは何故なのでしょう?


古賀潤一郎問題。このもの凄く重要な国会の開始にまるでピッタリ合わせて出てくるあたりは「老獪な」という感じをうけます。ことの始まりは「タレこみ」だったといわれてるので、そこいら辺は阿吽の呼吸というか、なんというか。またそれにキッチリと乗ってしまうこちらも、こちらという感じです。選挙の投票率を見れば、半分近くの人は国会議員に誰がなろうとカンケーないよ、という姿勢だったのに、三面記事的ネタには皆興味を持って「辞めろ」「辞めるな」という騒ぎになるということなのでしょうね。本人が一番お粗末なのは間違いないですけど。昨日の国会のやり取りを見ていても何か質の悪いドタバタ劇を見ているようで、その背後で着々と既成事実が積み重ねられていってるのを見るにつけ、やっぱり僕等は政治や日本の行く末に無関心なのだな、と思ってしまいます。


ラグビー大学選手権。関東学院よーやった!ただ三年連続決勝が同じ組み合わせはイカン!頑張れ明治!法政!大東大!京産大!同志社!。