5月29日の集会(5/31)

先週の土曜日、29日に近くの町田市立総合体育館で北朝鮮に拉致された被害者とその家族を支援する集会が開催されました。「北朝鮮に拉致された日本人救出のための市民の会」主催の「なぜ救出できないのか!」というもので、パネリストは横田滋・早紀江夫妻、逢沢外務副大臣、辺真一氏、西岡力氏などこの問題に関して核心にいて尽力されている方々ばかりでした。


約2時間にわたるパネルディスカッションを聞きながら、改めてこの問題のあまりの腹立たしさ(それは馬鹿らしさと言ってもよいのかもしれません)と難しさを痛感させられました。誤解のないように説明を加えたいのですが、「馬鹿らしさ」というのは、一方的に犯罪を犯した相手に対して、こうにも顔色を窺ったり気遣いをしながら相対さなければならないのかという苛立たしい気持ちです。僕は拉致問題を政治的な駆け引き、外交交渉のカードに使うと言うことは本質的には論外だと思うのです。前回の訪朝で表明された「拉致問題の解決なくして日朝国交正常化なし」という姿勢は僕は正しいと思っていました。これは順番を指定したという姿勢であったわけです。「まずこれからだ」というように。
しかし今回の訪朝はこの姿勢をある程度緩める結果になってしまったのでないかと思われます。ただこの事をどう評価したら良いのか一言で言えないのがこの問題の難しさだとも思うのです。結果として五人の家族が帰ってこれたという事は事態の前進であることでは間違いないわけですから。しかし「経済制裁はしない」という発言や人道支援の再開を表明した事が、家族会や支援団体に大きな落胆を与えた事は間違いのない事実のようです。言い換えれば拉致問題を外交交渉のカードとして使おうとしている北朝鮮の土俵に乗ってしまったということです。この日の会場においてもこの事に関する反応が一番大きかったように思いました。あえて一言付け加えるなら「カードとして使わざるを得ないのなら何故もっと大きい成果を引き出せなかったのか」という失望感も含んでいると思います。


会の終盤に被害者家族の増元照明さんが「北朝鮮の狙いは家族会や日本の世論の分断を図ることであって、どんなことがあっても拉致という言語道断、卑劣きわまりない犯罪に対する怒りというものを持ち続けていかなければならない」というような事を語っていました。交渉上における紆余曲折はあったとしても継続してこの問題を見続ける、そして現在の状況が北朝鮮によって一方的に作られた言葉を尽くしても表しきれない歪んだ状況であるという認識を持ち続ける事が僕らが出来る事の第一歩目なのではないかと思いました。


集会の終わった一時間後、僕は近くの公園にいました。梅雨に入る前の一年で一番爽やかな季節の本当に気持ちの良い夕方でした。柴犬の子供やコーギー犬が中央の草むらを走り回っているのを見ながら僕は横田早紀江さんの「なんで自分の人生はこんなに不思議なことになってしまったんだろうか」というような言葉を思い出していました。横田さん夫妻も今日この時間にどっかの公園で娘であるめぐみさんと共に、あるいは孫も伴って「本当に気持ちの良い夕方だ」と思えていたに違いないのに。