パリーグの思い出(9/28)

色々な騒動を巻き起こしながら結局近鉄という球団はなくなってしまった。ストを含むこの一連のプロ野球のゴタゴタについては様々な思いがあります。「日本のプロ野球というものがひとつの役割を終えた気がするのですよ」。非常にスポーツに詳しい友人が2000年の長島巨人VS王ダイエーの日本シリーズの後にそう語っていたのをこの騒ぎの中で思い出した。あれから三年がたった。プロ野球は自らの手で変わっていく事が出来るだろうか?


近鉄がオリックスと合併する。この合併したチームの監督に仰木彬氏の名前が挙がっているらしい。確かに近鉄・オリックスの両チームで優勝しているのだから自然な成り行きだと思う。ただ僕の場合二つのチームにおけるキーパーソンは西本幸雄という人だ。オリックスの前身阪急ブレーブスを率いて巨人に挑戦する事四回ついに日本シリーズを勝ち取る事は出来なかった。特にサブマリン山田投手(前中日監督)が王選手にサヨナラホームランを打たれたシーンは今でもハッキリと憶えている。西本氏はその後近鉄の監督となり万年最下位チームを遂にリーグ優勝に導いた。しかし古葉監督率いる広島にシリーズで勝つ事は出来なかった。あの有名な江夏の21球の日本シリーズだ。ちなみに仰木彬氏も西本監督の下でコーチを務めていてその21球の時サードコーチボックスにいたのは仰木コーチ(当時あ)だったそうだ。
人材の豊富なチームではなく阪急・近鉄という弱小球団を鍛えて日本シリーズでセの覇者と戦うその姿にうたれて僕は常に西本氏が率いるチームに肩入れしていた。


時間があると僕は意味もなく川崎球場にロッテの試合を見に行った。そうディアスという外国人選手のホームランを見た時にはぶったまげたものでした。「打球がピンポン玉みたい」というのはこう行く事なんだ、とハッキリ解らしてもらいました。「お〜入るか?入るか?」ではなく打った瞬間にもう打球は場外まで飛んでいました(少々誇張あり)。ただ人は本当にはいってなかった。でも本当に熱心なファンは少ないながらも一生懸命に応援していて、それを見ながら野球好きの人って良いなと思ってしまいました。


その川崎球場での「10.19」ロッテ対近鉄のダブルヘッダーの試合が行われた時はツアーで長崎にいました。リハの合間にチラ、チラッと情報を聞きながら「大変なことになっているな」と思っていたのですが夜ライヴが終わった後にホテルに行ったらまだ試合をやっていました。
試合終了の時は屋台で呑みながらラジオで聞いていました。近鉄出身の鈴木啓示氏が解説で「いい勉強させてもらいました」と語っていて、なんとかくそこにいる皆が黙って呑んでいたのを憶えています。


野球に関する思い出って何かパリーグに関連しているものが多い気がするのですよね。パリーグ応援しています。