「25」が終わって(2/1)

高橋研さんの25周年記念ライヴ「25」が先月の29日鶯谷のキネマ倶楽部で行われました。僕と研さんの付き合いも結構な時間になります。かれこれ20年くらいにはなるんじゃないでしょうか。僕の中での研さんの印象というのは「物凄く頭が良くて、しかも回転の速い人」です。正直言って付いていくのが精一杯、いや付いていけているのか、どうかも怪しいところです。一瞬だけ研さんの後姿が見えたと思うともう角を曲がって見えなくなっています。あわてて僕がその角まで走っていくとまた一瞬だけ後姿が見えたような気がするのですがすぐに次の角に姿を消している。そんな感じです。
僕はどちらかといえば(どちらかといわなくても)「頭が悪い上に回転の遅い人」なので、そんな研さんを畏敬の念を持って見ると同時に少し恐れも感じていました。僕の中にある僕自身がまだ気づいていない決定的な欠陥や頭の中で永久凍土のように固まっている「意味のない小さなプライド」を最初からこの人は見破っているのではないか、と。ある意味で言えばプロデュースという作業はそこいら辺と関係あるのかもしれませんしね。
特にここ数年はそんな自分を隠したかった事もありライヴを一緒に演らしてもらうのがちょっと辛かったのも事実です(「誘ってもらっておきながら、その言い方はないだろう」とまた怒られてしまいますが)。


何故だか分からないのですが最近になって少しずつではあるのですがそんなプレッシャーから解放されるようになりました。繰り返すようですが何故だかは分からないのです。キネマ倶楽部のステージに立っていて「長い事一緒に音楽を演れてきたこと自体が本当に素敵な事じゃん。だからオッケーなんだ」と思ったのです。
それはおそらくあのメンバーだからこそより強く感じたのかもしれません。比較的付き合いの短い中井さんや豊でも15年近くになります。狩野ちゃん、梁ちゃん、竹田さんに至っては本当に仕事を始めた頃からの付き合いで25年近くになります。メンバーだけでなくスタッフにおいても20年以上の付き合いの人たちが沢山いました。いや見に来てくれた人を含めた殆どの人がそうだったのではないでしょうか。そんな奇跡的な事が自分の身の上に起きていることに僕は幸せを感じました。そしてその全員を結びつけてきた「音楽」に感謝すると共に常にその中心にいた高橋研という人に対して畏敬の念や恐れとは全く別の妙な「親近感」というものを少しだけ感じたのです。


この物語がどうなっていくのかは僕には全く分かりません。ただ「おそらく」という前置きで言えることは、こんな至福の時間が長く続くわけはなく、また「だからお前は駄目なんだよな〜。AB型というのは本当に手に負えない。ブツブツブツ」と言われ内心(本当にウルサイやな奴だな〜もう)と思いながらも「ハイ、ハイすいません」という日々が待っているのだろうと思っています。