雪(3/4)

三月になったというのに結構な量の雪が降りました。この冬は暖冬だなんて言われていましたけれど、僕は何回も雪が降るのではないかと思っていました。それは科学的根拠は何もないのですが、自然というか気象が激しくなってきているような気がしていたのです。集中豪雨・猛暑・台風・地震・日本ではありませんが大津波。何かをアピールしているように思えてなりませんでした。と言うよりも何かのメッセージだと感じるべきなのでしょう。僕は「色々な事をやり直すのなら今ならまだ間に合うよ」というメッセージに思えるのですが。


今、僕の住んでいるところは600世帯を超える大規模な大型マンションです。駐車場は三階建ての立体になっています。我が家の駐車スペースは最上階の三階なので屋根がありません。今日の午後車の周りの雪かきをしていました。駐車場の階段も外につけられたものなので雪が積もっていました。勿論たいした量ではないのですが溶けなかった雪が凍ってしまうとかなりやっかいな事になります。狭い階段でアイスバーンは危険ですよね。自分の車の周りを済ませた後に階段と三階に上ってくるスロープ付近もついでに雪かきをしておきました。
別に自慢や誰かを批判したいわけではないのですが、その巨大マンションの敷地内で雪かきをしているのが僕だけというのに妙な感情を持ってしまいました。僕が育った場所(そこはマンションではなく住宅地ですが)では雪が降ると近所の人が別に強制とかそういうのではなく雪かきをしていました。雪かきの手を休めて見上げると20階建てのマンションが威圧感を持ってそびえ立っています。本当に人が住んでいるのだろうか?フトそんな風に思ってしまいました。その後、実家の方にも行って少し雪かきをしました。そこでは時々あちらこちらから「カシャカショ」という雪かきの音が聞こえてきました。


先日、NHKの「土曜インタビュー」に唐十郎が出ていました。余談ながらこの「土曜インタビュー」という番組は毎週見るようにしています。色々な人の考え方を聞くというのは実に楽しいものです。またインタビュアーの三宅アナウンサーのキャラクターも非常に好感が持てます。余談でした。その中で唐氏は「人間というのは自分を表出しないと窒息してしまうものなのですね」と語っていました。辞典によると「表出」とは「精神内部の動きが外部にあらわれること。また、あらわすこと」 とあります。「表出することによって自分が何かという事が少しずつ解ってくるんですね。結局、自分が一番謎なわけですから」「利便性の中を器用に泳いでいっても、いつか自分に謎がかかってきますから。”お前さんの自己表出はどうなったんだい”って。鏡を見ても自分の顔がひとつも映っていない。これも窒息寸前ですよね」。心に響く言葉でした。


西武の堤元会長とライヴドアの堀江さんの事も書きたかったのですがまた次回ということで。