素晴らしい思い出(3/29)

本屋で立ち読みをしていた。ラグビー選手、大畑大介の書いた本があった。その中で彼もメンバーとして参加していた1999年にウェールズで行われたW杯について書かれてた箇所を読んでいて驚いた。「今は亡きパット・ツイドラキが挙げたトライ・・・・」。今は亡き、それはどういう意味なのか・・・。あのツイドラキ選手が死んだなんて。帰って調べたところ彼が死んだのは2002年9月だった。もう2年以上前だったのか・・・。


ツイドラキ選手を見るためによくトヨタの試合を見に行った。いつだっただろう、国立でサントリーと日本選手権の準決勝を戦った試合で彼はサントリーのディフェンスを華麗なステップで5〜6人一気にかわしてトライを挙げるというスーパープレイを見せた。僕はスタンドの上の方で見ていたのだけど、彼はトップスピードでボールをもらって左斜めコースを取りゴールラインに突進した。ディフェンスは当然そのコースに流れながら待ち構えている。その動きを見た瞬間彼はステップ一つで進路を90度右横に変えてしまった。彼の左前方にいたサントリーの選手はすべてディフェンスの機能を果たせない選手になってしまった。しかし彼の右横にいた選手がなんとかタックルしようとした。それを見て彼は再びたった一つのステップで進路をまた90度縦に変えてゴールラインに向かって走った。もう彼の前には誰もいなくなった。フィールドの一番左側から必死に戻ってきたサントリーのウィング尾関選手に片手で掴んだでボールを見せてから彼はゴールラインにダイビングトライをした。そして両手でボールを高く放り投げた。今でも目を閉じるとその光景が鮮明に蘇ってくる。僕が見たスポーツの中で最も美しいシーンだった。
1999年W杯確かウェールズ戦だったと思うのだけど彼は執念のカバーリングでトライを挙げた。そしてやはり両手でボールを高く放り投げた。


もう一人大好きだったスポーツ選手の死を最近知った。競輪の東出剛選手だ。僕が競輪を見に行ってる頃が彼がメキメキと強くなってきた時期だったのでとても印象に残っている。その頃競輪のNo.1は神山選手だった。その神山選手の後ろの位置を主張出来る選手が追い込み選手としての日本一という事になるのだけれど彼はその位置を手にしていた。
競輪の位置というのは勿論選手同士で実力を感じて序列が決まっていくのだが、それは同時にファンが納得する序列でなければならない。選手同士で納得していてもファンが納得してなければその時の場内は大変な騒ぎになる。東出選手はその両方を満たした選手だった。神山選手とて時にはレースを読み違えて負ける時もあった。でもそういう時でも東出選手は切り替えたりしなかった。古風な競輪ファンはこう言うのだ。「東出も馬鹿だよな。神山行けねぇーんだから切り替えれば良いのにしないんだから。だけどだからあいつは本当の追い込み屋なんだよな」。
まだ彼が神山選手の三番手を回って時期の京王閣記念のレースだったと思うのだけど、カミさんが「東出最近調子良いみたいだからアタマにくるわよ」と言って東出ー神山の車券を買ってきた。僕は「そんなはずねーよ」とか言いながら違う車券を漁っていた。ゴール前の直線神山の横を東出が抜き去った。喜ぶカミさんを横目で見ながら(東出のやつ余計な事しやがって、でも強ぇー)と思ったのを思い出す。


スポーツ選手は一瞬ではあるけど永遠に残る素晴らしい思い出を与えてくれるのです。ありがとう。ゆっくり休んで下さい。