プレッシャー(5/7)

先月の25日に起きたJR福知山線の脱線転覆事故。100名を超える死者を出す大惨事になってしまった。JR西日本のひどい対応と内実が毎日のように報道されている。「何てひどい組織なんだろう」と思ってしまう。確かにひど過ぎる。


事故の報道を見ていて思った事がある。自分が運転士だったらどうしただろう?という疑問だ。何らかの不注意があって電車を遅らせてしまった。しかも二度目だ。とにかくスピードを出して遅れを取り戻さなければ。少しスピードを出し過ぎかもしれない。いやでもあと少しで遅れを取り戻す事が出来る。もう少しなんだ!速度超過しているのは俺だけじゃない。行ってしまえ!


もう一つ思った事がある。自分が運転士の上司だとして、安全を優先したが故に遅れを取り戻せなかった運転士がいたらどう対応するのだろかという疑問だ。もちろん遅れの原因を作ったオーバーランについては非としても、安全を優先した事についてはそれなりの評価を与える事が出来るだろうか?あぶない橋を渡ってでも結果オーライにしてしまった運転士の方を評価してしまう事はないのだろうか?


誰かに責任の全てを負わせてしまうのは失敗時における一番簡単な解決方法だ。JR西日本がやっていたといわれている「日勤教育」というのはまさにその典型だと思う。失敗によって生じた損害だけをひたすらにクローズアップして、その過失を当事者のみに押し付ける。「単にオマエの不注意だ。全部オマエが悪い。二度とするな」。これでおしまい。結局その失敗から何も学ぶ事は出来ない。
自分たちはそれと同じ事を現在JR西日本に対してやり始めていないだろうか?と思う時がある。これは信じられないような無神経さや対応のお粗末さや、この大事故を起こした体質を許して良いと言っているのではない。それは錐でもむようにし追求されなければならないのだが。言いたいのはこの事故の起こした原因の根底に自分に関わっている部分はないのか?それを考えずにひたすら石を対岸に投げ続ける事が本当に再発防止になるのだろうか?


GWの前半に私用があって安曇野に行った。安曇野というのは蕎麦の美味しい処でいつもそれを楽しみにして行く。近くに新しい蕎麦処が出来たので早速寄ってみる事にした。天気の良いおだやかな昼過ぎでウォーキングで程よい汗をかいた僕とカミさんは生ビールとつまみ、それからもりそばを注文した。都会の秒刻みの時間の進み方とは明らかに違うおだやかに時間の流れる本当に気持ちの良い午後だった。ビールを呑んでつまみを食べているとやがてもりそばが運ばれてきた。とても美味しい蕎麦だった。何一つ問題はなかった。なのに会計をする時に店の人が「そばが遅れてしまって大変申し訳ありませんでした」とひたすら謝罪するのだ。「いやどちらかといえば一番良いタイミングでしたよ」とこちらは言うのだが。別に気分を害したわけではないのだけれど、とても不思議な気持ちになった。そんなに急かされることがあるのだろうか?


自分たちは実態のないプレッシャーに良いように小突き回されていないだろうか?「何も考えずにとにかく行け!一秒でも早く!ほんの少しの無駄もなく!」。それが最も悪しき形で凝縮された形で出てきたのがJR福知山線の事故のように思えるのだ。