戸籍を巡る冒険(2/5)

「戸籍」ってあんまり意識した事ないですよね。webの国語辞典によると「個人の家族的身分関係を明確にするため、夫婦とその未婚の子とを単位として、氏名・生年月日・続柄などを記載した公文書」とあります。僕も10年前に父がなくなるまで意識した事はありませんでした。まれに免許書の「住所」と「本籍」が違うのを見て「この二つが違うのはどういった意味があるのだろう?」と思ったりする程度でした。ちなみに「戸籍」のおいてある場所が「本籍」で住民票がおいてある場所が「住所」ですね。住民票にはどこに本籍がおいてあるかも記載されています。


10年前に父が亡くなった時に銀行の定期預金を解約する時にうかつにも僕は「相続」という事を言ってしまいました。このうかつにもというのも意味があるのですがそれは後で。「相続」での解約となるとこれだけの書類が必要です、と銀行側が出してきたもの中に「被相続人(亡くなられた方)の出生から死亡までに編成された戸籍・除籍・改製原戸籍等の謄本」いうのがありました。僕は「ムムム・・・?」となり町田に本籍を移す前は新宿に本籍があったのでとにかくそこに取りに行けば良いのだろうと考えました。新宿区役所に行って窓口の人に「相続」の手続きで必要なのですがと正直に言うと、丁寧にその除籍謄本を見てくれておもむろに「まだ先がありますね」と言いました。「まだ先?それは一体どういう意味ですか?」と尋ねると「つまり貴方のお父さんが生まれた時のお祖父さんの本籍が最終目的地ということですね」と教えてくれました。新宿で完了と思っていたのが容易ならぬ方向に向かっているのに慌てた僕は「それは何処ですか?」とあせって聞くと「ここには昭和13年に東京市芝区より入籍とありますから現在の港区ですね。まずは港区役所に行ってください。そのまた先があるかないかはそこに行ってみないと分かりません」。役所の終わる時間も迫っていたので僕は新宿区役所から駅まで走りました。走りながらも父が新宿で育ったと思っていたのがそうでなかった事にちょっとした驚きを感じていました。
なんとか業務終了の30分前くらいに到着した僕はやはり「相続」で必要なのですが、という事を言って見てもらいました。記憶が間違ってなければ中年の眼鏡をかけた女性だったと思いますが時間をかけてゆっくり見てくれて、顔を上げ品の良い笑みを浮かべながら「良かったですね。ここが終点です」と言いました。「まだ先」があるとしたら今日はもう時間的に無理だと思っていた僕は心底ほっとしました。その女性の態度に好感を持った僕はどうしても気になっていた事を尋ねました。「何故こんな古い書類が必要なんですか」。その女性は慎重に言葉を選びながら「相続人が本当に何人いるかという事を確認するためなのでしょうね」と言いました。意味が良く解らなかった僕は「それはどういう意味ですか?」と言うと「ウーン、つまりそれは場合によっては相続を申請している人の知らない相続人がいるという場合もあるという事なのです。後々になってそういう人が出てきて問題がこじれるというのを防ぐために、必ずしも出生からでなくても良いのですが子供を作れる機能が備わった年齢からの戸籍があるとそれを確認できるという事なのですよ。解りますか?」
「それは僕が知らない兄弟がいたりするという事ですよね」
「そうです。家族は誰も知らなかったけれども一度結婚して離婚していたという事もありますし」
「それはこの書類を読めば解るのですか?」
「その為にあなたはこの書類を集めているのですよ」


その7年後に母が亡くなった時も銀行の預金の解約をする為にそういった書類が必要だという事は当然分かっていました。先に「うかつにも」と書いた事を説明すると10年前の時は「相続」なんて言わずに「突然の解約が必要で」とか適当な事をを言えば書類なしでも解約出来たのですね。その何年後かに銀行の規則が変わり本人確認なしには解約は出来なくなりました。この書類集めは二度目の経験なので少し楽しみながら(不遜かな?)出来ました。町田の前が新宿というコースは父と同じですから新宿で取った除籍謄本を読み直してみると「昭和29年品川区大井森前町より入籍」という記載がありました。生前母からは結婚前は渋谷に住んでいたという話を聞いていたのでおそらく渋谷に行けば良いのだろうと思っていた予測は裏切られました。これが最初に書いた「本籍」と「住所」の違いです。
品川区役所に行き今回も見栄を張らずに「相続」で必要なのでと言って調べてもらいました。係りの人はまた丹念に謄本を見てくれて「もう一つ前があるな」と言いながらまた奥に消えて行きました。母方のお祖父さんは住所が良く変わっていた方だったようなのである程度覚悟はしていましたが、場合によっては遠隔地という事もあり得るなぁと腹をくくりました。しばらくして戻ってきた係りの人はもう一通の書類を併せて「おそらくですが、この二通で大丈夫です」と言って渡してくれました。「どうもあなたのお祖父さんは養子をとって一度家督を譲られたようですね」。まったく聞いたことのない話だったので何も相槌も打てずにとりあえずお礼を言って引き上げました。
家に戻ってその一連の戸籍を読んでみるとやはり母方のお祖父さんは養子をもらった記載がありました。つまり母の兄となるわけですが僕は生前母からその話を聞いたことは一度もありませんでした。もちろん会った事もありません。あるいは話したくなかったのか・・・もはやそれは確かめようがありませんが。聞いていたのは幼くして亡くなった兄弟が何人もいたという事でした。戸籍を読んでいくとその兄弟についても全て記載されていました。いつ何処で生まれて何処で亡くなったのか。母が子供の頃に樺太にいたという話は良く聞かされていましたが、母のすぐ上の兄は母が生まれた年に樺太で5年の短い生涯を終えていました。また母の一番上の兄は中国大陸で戦死したという事を聞いていたのですが、場所・時間誰によって戦死が報告されたという事まで細かく記載されていました。またその記載の翌年には戦死した時刻の訂正まで書かれていました。


戸籍を丁寧に読んでいくと父母が生前話していた事が少しずつリアルに、点と点だった話が線になっていくような気がします。また自分が両親の事をどこまで知っていたのだろうかという気にもなります。
明治から始まった両親の家の戸籍をたどっていくと「昭和36年1月18日東京都新宿区戸山町壱番地で出生父榎本祥一届出」という記載があります。僕の事です。


母の定期預金の解約が無事に終了した時に担当してくれた人に尋ねてみました。
「あなたはこの書類を全部読むのですか?」
「ええ」
「良く解らない古い字も多いですよね」
「人に聞いたりする事もかなりあります。でも多くのこういった書類を読んでいるとだんだん解るようになります。それより難しいのは記載が汚れていたりする時ですね」
「どうするのですか?」
「やはり前後の関係から推察するしかありませんね」
「最後に一つ聞かせて下さい。もし解約を申請してきた人たちに知らない相続人がいた場合はどうするのですか?」
眼鏡を掛けた凄く仕事の出来そうなその小柄な女性は少し悲しそうな表情を作ってこう言いました。
「辛い作業ですが。お伝えしなければなりません。仕事ですから」
「うちはそういう事はなかったようですね」
「良かったですね」
「ありがとう。もう会うことはなさそうですね。さようなら」


2年経って今回の登記申請で必要だったので集めた戸籍をを出してきて読み直してみるとまた色々な新しいことに気がつきました。そして再び思っています。「僕はどこまで両親の事を知っていたのだろうか」