ロードムービーの如く(6/3)

加藤いづみさんのツアー先の金沢から、機材を乗せマネージャーのA君が運転する車に乗って帰ってみようと思った。今回の名古屋から京都を経て金沢を巡る行程は出発から車に乗っての移動だった。最後は飛行機で帰るように行程を組んでくれていたのだけど、移動を繰り返しているうちに一つの線として最後まで完結させたくなって我がままを承知の上で車移動にしてもらった。


確かに車移動というのは時間がかかる。山地を抜け川を渡り平野に広がる田や畑を見ながら、変わり行く天気を感じつつ、そして体の節々の痛みを感じ、むくんだ足をさすりながら移動していく。そんな中で「遠く離れた違う街にやってきたんだ」という、飛行機や新幹線では味わえない気分を実感出来る。
ツアーというのはある意味でその町、その街での演奏という点が意識されがちだ。だが時間をかけた移動する事で点と点を結ぶ線がより濃くなっていき物語になっていく気がする。


と言うものの、やはり体はきつくここしばらくそういう事をした事はなかった。でもふと思い出したのだけど15年前くらいに僕は東京から長崎までライヴハウスを巡りながら車移動をするというツアーに参加していた。メンバー三人とマネージャー、ローディー、計5人でワンボックスカーを使い巡るそのツアーの行程はもっと厳しかった。ライヴ終了後に夜移動を繰り返したりもした。車の一台も止まっていない中国自動車道のSAで休憩したり、連休の最悪の渋滞に巻き込まれ誰も口をきかなくなったりしながら巡ったツアーの演奏の一つ一つを思い出すことは殆どない。だがそのツアー自体の「体感」みたいなものは僕の体の奥底に刻みこまれた気がするのだ。そしてそれに僕は時々励まされてきた気もする。
思えば、僕は「ロードムービー」が大好きでジョー・コッカーの「マッドドッグスイングリッシュメン」やボブ・ディランの「ローリングサンダーレビュー」に憧れていたのだから。


「まだああいう事は出来るだろうか?」「出来るにきまってるじゃん」「じゃ、やってみれば」。僕の頭の中でのやりとりはこんな感じだったのだと思う。
小松空港の近くのGSで頭上を低く飛ぶ自衛隊の飛行機についてスタンドのニイチャンと語った。歴史を感じさせてくれる賤ヶ岳の横を走り、姉川を渡った。高速道路の左右に林立する人の作ったありとあらゆるプロダクトを見、そして何百年も変わっていない海の広さを感じながら車は東に向かって走り続けた。途中静岡のあたりでハンドルも握った。それまで降っていなかった雨が突然降ってきた。これも自分らしいと気を引き締めなおしたら助手席から高いびきが聞こえてきた。まぁ、それもロードムービーのひとコマだ。


今夜はツアーの地方最終公演地仙台に向かって走る。