怒り(10/4)

どうしようもない陰鬱な気持ちになり、こらえようのない怒りがこみ上げてくる。広島ドッグパークの事件だ。経緯は以下の通り。


「経営困難に陥った広島ドッグパークが一月以上満足に餌を与えず世話をしないまま500頭近い犬を放置していた事が判明した。この事は広島市民の通報により動物愛護団体「アークエンジェルズ」が9月以来水面下で調査し、動物虐待が判明した結果、広島市動物管理センターと広島西警察署生活安全課が立ち入り調査に乗り出した事で明るみに出た。殆どの犬が餓死寸前の状態で保護された。中には餓死した犬もいるとの事。現在同愛護団体を中心としたボランティアが懸命の努力で500頭近い犬の世話をしている。」


僕は昨日の夕方のニュースで知りました。何もやる気が起きなくなりました。私たちはペットについて考え直す必要が本当にあるのではないでしょうか?


数年前ですがこんな事がありました。東京から車で3時間くらいの場所に僕とカミさんははキャンプに出掛けました。何日目かに現地でマウンテンバイクを借りてサイクリングに出掛けました。天気の良い秋の日だったと思います。車道を避けて林の中の土の道を走っていました。さらに細い道へ自転車を乗り入れた瞬間、その先にある柵に囲まれた何棟かの倉庫のような建物の中から一斉に悲鳴に近い犬の鳴き声が聞こえてきました。その数20頭以上ではなかったでしょうか。僕は犬の言葉が分かるわけではありませんが、鳴き声が甘えているのか、威嚇しているのか、それとも何かを要求しているのかくらいは分かる自信があります。子供の頃から何頭もの犬や猫を最後まで看取った経験で分かるのです。その時の鳴き声は、明らかに人が近くに来たのを感じて何かを要求している鳴き声でした。お腹が空いているのか、飼育環境が良くないのか、あるいは運動不足なのか。しかし、僕はそこに立ち入る事が出来ませんでした。怖かったのですね。現実を見るのが。あの人里はなれた場所の人気のない倉庫になんであれだけ多くの犬たちが半ば放置されていたのでしょう?あの鳴き声は未だに耳の奥に残っています。僕はその後その場所にはキャンプに行ってません。


その後僕は渡辺眞子さんが書いた「捨て犬を救う街」という本を読みました。日本では年間65万頭もの何も罪もない犬や猫が殺処分されていうるという事を取り上げた本です。ページをめくると僕の大好きな柴犬が柵の向こうで悲しげな目でこちらを見ている写真があります。保護管理施設で翌日に殺処分される犬の写真です。
ここには多くの人が実に簡単な理由でペットを保護施設につれて来る事が書かれています。ある獣医師が保健所に用事があって行っていたところ、中学生くらいの子供が飼い犬を連れてきたそうです。「ここに置いていくと殺されちゃうんだよ」と説明すると「いいんだよ。こいつバカだから」と言い残してその場を去ったそうです。その獣医師が憤然としていると、その中学生がしばらくして戻ってきて「この首輪、まだ新しくてもったいないから」と首輪を外して振り返りもせずに帰っていったそうです。また先日の日経新聞にも動物保護施設についての記事が出ていましたが、中には親子で来て見放したペットと記念写真を撮って帰る人もいるそうです。
欧米ではそういった殺処分を一切しないところも多いようです。それに比べると日本のペット事情は百年以上遅れていると書かれています。


一体僕らはこの豊かな生活の中で何を学んできたのでしょうか?何を喜びとして生きているのでしょうか?ドッグパークも個人でも生き物に対して「自分の必要としている時だけいてくれれば、後はどうなっても関係ない」というあまりにも身勝手な論理ではないですか。ペットを飼う事はそんなに簡単な事ではないのです。だからこそその何十倍の喜びを与えてくれるのではないでしょうか。
現在、懸命の努力を続けている動物愛護団体「アークエンジェルズ」のサイトを記しておきます。是非、皆さんも実態を目を逸らさずに見てください。お願いします。今回は僕も目を逸らさずに出来る事がありそうです。