秋の日差し(11/6)

昨日、楽器を取りに実家に寄ったら、二階の僕の育った部屋のベッドの上に黒猫が寝ていた。16歳になる「チーター」だ。兄が預かっているので会うのは久し振りだった。やはり寄る年波には勝てずに、かつてビロードのように輝いていた黒毛もパサついた状態になってきた。腎臓の状態もあまりよくないようで、前見たときより少し痩せたようだ。
昨日は天気も良く南側の窓沿いにおかれているベッドは秋の日差しを浴びていた。チーターは体を伸ばして全ての警戒心を解いて寝ていた。それはちょっと見ただけでは死んでいるのではないかと思ってしまうほどの無防備さだった。
僕はベッドに腰掛け、とてもゆっくりしたペースで呼吸にあわせて上下するチーターのお腹を見ながら彼女が見ているであろう「夢」を想像した。


猫の16歳といったら人間でいえば80歳を超えた年齢だ。チーターが迷い子猫で家にやってきた時に僕は30前だった。壮年期に入り俊敏に駆け回る時代があり、少し動きが重くなった中年期を経て、いつのまにか彼女は僕を追い越して年老いてしまった。先輩猫や友達だった黒柴犬の死、そして僕の両親の死も一緒に見てきた。
チーターは先輩猫だけでなく黒柴犬にもちょっかいを出すほど気の強い猫だったが、兄のところは新入りの若い猫がいて、チーターは先輩猫がかつて彼女によって追いやられたような窓際的立場にあるらしい。
でも彼女にとってそんな事はもはやどうでも良いのだろう。秋の日を体一杯に浴びて幸せそうに寝ている姿を見ると、年老いていく事の素晴らしさと同時に淋しさや切なさを感じて少し胸が熱くなる。「随分長いこと生きてきたんだね」。


秋の日差しは優しく年老いた猫を包み込んでいる。そして秋の日差しは少し淋しい。


(写真と文は関係ありません)