PYG(11/20)

というバンドが日本にあった事をご存知でしょうか?
60年代中期の嵐のようなGSブームが衰退した後、最も人気のあったタイガース・テンプターズ・スパイダースの主要メンバーが集まって71年の始めに結成されたスーパーグループでした。特にフロントマンの二人、ジュリーこと沢田研二、ショーケンこと萩原健一が同じバンドで並ぶというのは当時のファンから見れば大変な驚きだったはずです。


僕にとってこの「PYG」というバンドが強烈に印象に残っているのは小学校6年のある昼休みの出来事に関係しています。どういう経緯だったかは良く憶えていないのですが、特別に昼休みに放送室の小さなスピーカー付きのレコードプレイヤーを借りてきて、好きなレコードを聴いていいという催しがあったのです。僕は当時やっと目覚めだしたビートルズの「サージェント・ペパーズ〜」を持っていきました。これが一番カッコ良いという自信がありましたし。
昼休みになって「サージェント」とかけると皆が集まってきました。
「これってビートルズでしょ。知っている」。女の子も集まってきました。僕としてはちょっと鼻高々という感じでした。その時にS君が「じゃ、次はこれかけてよ」と一枚のシングル盤を出してきました。黒い地味なジャケットで僕は見たことのないものでした。
しかしそれをかけると、集まっていた女の子の目が輝きだして、中にはリズムに合わせて体を動かしだす子もいました。曲が終わると「もう一回聴きたーイ」とS君はせがまれていました。
僕が一番カッコ良いと思っていた「サージェント」を木っ端微塵に粉砕してしまったのが、PYGのデビューシングル「花・太陽・雨」だったのです。正直言うとその時僕もPYGの方がカッコ良いと感じていました。口には出しませんでしたけど。


その後に時間が経ってPYGのファーストアルバムはCD化され入手出来ました。ただアルバムに収録されている「花・太陽・雨」はシングルとは別バージョンでシングルバージョンは長い間聴けないでいました。
なんかの拍子にそんな事を先日思い出したのです。インターネットで検索をかけて見ると、何と!シングルバージョンや代表曲を集めたベスト盤がCD化されていました。当時は廃盤になっていたライヴ盤の音源も収録されていました。

「花・太陽・雨」のシングルバージョンを始め代表曲やライヴ音源を聴きなおしてみてやはり驚きました。1971年という時代にしてこの演奏能力・楽曲の素晴らしさ。そして一番凄いのは音に込められたエネルギーです。
おそらくそれはGSという、ともすればアイドル的扱いを受けてきた事に対するアンチテーゼだと思います。「これが自分たちの音楽なのだ。音楽で勝負するんだ」というメッセージなのだと思います。


ただこのPYGその当時は正当な評価を受ける事はありませんでした。日比谷野音などのロックコンサートに出るとロックファンと称する集団から石を投げられた事もあったようです。沢田研二が後に内田裕也との対談で、当時を思い出して、「実は楽屋にいても居辛い雰囲気でしたね。やはり売れていたGSからロックの中に乗り込んで来た部外者的な職場あらしと思われたんでしょうね」と語っていました。


そういった事もあり、このPYGの活動期間は本当に短く実質一年にも満たないものでした。その後は沢田研二はソロ歌手へ萩原健一は役者へ残りのメンバーは井上尭之バンドとして活動していく事になりました。
ただ今回とてもびっくりしたのは沢田・萩原が独立した後の72年にもPYG名義のシングルを二枚出していた事です。初めて聴く音源だったのですが、デビューの「花・太陽・雨」の頃に比べるとやや丸い角の取れた演奏でした。それぞれの道を選択した中で作ったものと考えると何となく理解できるような気がしました。
ともあれ今回聴き直してみて、35年経った今でも色褪せていないというのは素晴らしい事だと思いました。強いエネルギーを持った音楽というのは色褪せないのですね。