ボランティアについて(12/12)

今朝、フジテレビの「とくダネ」を見ていてたら、広島ドッグパークで懸命のボランティア活動を行っている動物愛護団体「アークエンジェルズ」の事が話題になっていた。内容はアークエンジェルズの代表者に批判の声や疑惑が高まっているという事だった。曰く「広島ドッグパークの惨状をテレビなどで見て、全国から寄せられた寄付の余剰金を別の目的に使おうとしている」「寄付されたドッグフードの余ったものを転売しようとしている」「活動方針に関して独裁者的な存在だ」など等。


広島ドッグパークの事件に関しては10月4日にこのコラムでも「怒り」というタイトルで取り上げました。その後アークエンジェルズを含むボランティアの方々の懸命の努力によって、劣悪な環境で放置され続けていた、いわば虐待を受けていた500匹近くの犬たちは、全国から集まった里親希望者の元へ引き取られて行きました。現在は30匹ほどが残っているとの事ですが、その犬たちも体力を回復して元気になっているようです。


僕もコラムで取り上げた後に、ホンの少しではありますが寄付金を「アークエンジェルズ」に送りました。代表者は取材に応じて「余ったお金はその他で殺処分を待つだけになっている動物の救出のために使いたい」と話していました。それは広島ドッグパークに関しての使い道ではないので、「返金要求があれば返金します」とも語っていました。確かに「そうであれば寄付はしなかった」と言う人が出ても不思議ではないのかもしれません。でも僕は送った立場で言わせてもらえれば、寄付金をどう使うかに関しては寄付をした時点で委任したのだと考えます。
余ったドッグフードの転売に関しても本当に余っていて使い切れないのなら、転売してお金にし別の役立て方をするのは、むしろ寄付をしてくれた物を無駄にしない、という考え方も出来るように思います。
つまり寄付を受け付けた側は、使い道や余剰金の扱いに関して説明する道義的な義務があり、寄付をした側も寄付しっぱなしではなく、どのように使われたかをしっかりウオッチすれば良いのだと思います。時間はかかるとは思いますが、それを確認した事で初めて「寄付」という行為がお互いにとって完結するのではないでしょうか。そこさえちゃんと見ていれば、どう考えても自分の思った形に使われなかったり、利己的な目的に寄付金を使うような活動団体には次からは寄付は集まらなくなるように思います。


僕も時々「アーク・ジェルズ」のサイトを見ていましたが、寄付を受ける側も大変なんだろうと想像しました。たとえ善意で送られてくるとは言え、ドッグフードばかりが送られてきても、今度はそれを保管する場所も必要でしょうし、野ざらしにしておいて使えなくなったらそれはそれで問題になる。サイトにはそういった必要量を超えた寄付品に関する「アークエンジェルズ」からのお願いも何回か載せられていた記憶があります。それを見て、僕としては現場の人が一番必要としているものに変える事が出来る「お金」というものがやはり良いのかなぁ、と思った経緯があります。善意って本当に難しい部分があります。


しかし500匹近くの瀕死の犬たちを救った事は紛れもない事実であり、これは本当に大きな功績だと思います。と同時に事態が良い方向に進んでいる現在でこういった話が出てくるところが、ボランティア活動の難しさ、ひいては人の難しさだと感じてしまいます。
「人間というのは、艱難は共にできる。しかし富貴は共にできない」。高杉晋作の言葉です。


僕もマンションの管理組合というボランティア活動に携わっています。そこにはボランティアだからこそ、使命感があるからこそ、皆の為になると思うからこそ、そしてピュアだからこそ生じる軋轢が内側でも、外側に対してあるのもまた事実です。
使命感を持ち、無償でも何かの役に立ちたいと集まってきた人を束ね、ボランティアを動かしていけるリーダーというのは、本当に稀なのではないかと最近思っています。
この件引き続き見ていきます。