牛丼を食べた(12/22)

久々に吉野家の牛丼を食べた。アメリカ産の牛肉輸入停止措置による販売中止以来だからどれくらいになるの?1年?2年?
その間に出た「豚丼」も結構好きでした。もちろん「キムチ豚丼」もね。しかし吉野家といえばやはり「牛丼」。輸入停止措置解除にともない日数制限、もしくは時間制限付きで牛丼も再びメニューに戻ってきたわけです。
復活してすぐの頃、一度行ったのですが長蛇の列で諦めて帰ってきました。今日は絶対に食べるという固い決意の元に向かったわけです。


僕の前には「牛丼並」と味噌汁・お新香が置かれています。結構好きなんですね吉野家のお新香。勿論、牛丼には紅しょうがと七味唐辛子を少々。お新香には醤油を少々。僕から見て左に牛丼。右手に味噌汁。その二つを結んだ線を底辺とする三角形の頂点にお新香という配置です。
いきなりは食べずに「ウーン、牛丼というのはこういう物であったかぁ」としばし眺めました。「久しぶりだなぁー元気だったのか」と一声掛けてやりたい気分です。


僕と吉野家の出会いは18の頃で、音楽活動と密接に関わっています。深夜にリハスタを借りて練習した後食べられるものというのは吉野家の牛丼しかなかったのです。当時はコンビニというものがなかったのです。これって今の10代の人たちってきっと信じられないんだろうなぁ。夜中に何か食べる事って結構難しい事だったんですよ。その当時は多くの人にとって夜は寝る時間だったのですね。
仕事を始めてからもよく夜中に行きました。東京は環6と甲州街道の交差点に大きな吉野家があるのですが、仕事帰りの深夜に現在スーパーギタリストシンガーの狩野氏と寄った際、牛丼の上に七味唐辛子をかざしたまま寝てしまっている会社員風男性がいてびっくりした記憶があります。「よし七味をかけて食うぞ!」と油断した瞬間にあまりの疲労と酔いと睡魔に勝てず事切れてしまったのでしょうね。
蓋を開け牛丼の上にかざした容器から出た七味唐辛子は牛丼の上に円錐形のの小山を作っていました。


フリーダムスタジオに良く通っていた頃も甲州街道を使って帰っていました。夜中に牛丼を食べるのがそろそろ肉体的にはよろしくないという年齢に差し掛かりつつあり、環6の交差点のとこはこらえるのですが、30分程度走った先にある仙川の吉野家であっけなく降参という事もよくありました。


久々の牛丼、テレビでは復活当初「感動した」「涙が出た」などと言っている人もいました。僕も感動にうち震えるかと期待していました。ペロリと平らげてしまうと、まるで一週間前に食べていたような気分でした。久し振りという感じが全くしませんでした。「だって僕はずっと君の気持ちの中にいたんだから」。牛丼が笑ってそう語りかけているようでした。
久々に親友に会って、何一つ昔と変わらず相対する事が出来たような、ちょっとハッピーな気分で店を出ました。