時の流れに(3/29)

昨夜帰りがけにスーパーに寄って買い物をしていると、カミさんが朝言っていた事を思い出した。
「今日はクロちゃんの命日だからまるバナを買っておいてね」
飼っていた黒柴犬が死んで5年になる。4年だと思っていたのだけど、今ちゃんと数えなおしたら5年だった。「まるバナ」とは「まるごとバナナ」の略で、おやつによく食べていた。クロはとにかく甘いものが大好きで、冷蔵庫からまるバナを出して食べようとすると、隣に来て座り込み、何も言っていないのに「お手」「お代わり」をひたすら繰り返して、おすそ分けを要求した。


なわけで、クロの命日くらいは最近摂生してあまり食べなくなったまるバナを食べようという話なのだ。しかし提案者のカミさんは中々帰ってこない。仕事が大きなヤマ場を迎えているようだ。朝早く出て、夜遅く帰ってきて食事をして風呂に入って寝るだけという生活がここのところ続いている。
せめてそんな時くらいは、食事の用意くらいはしてあげたいと思っている。たいしたものは作れないが。あと1週間か10日くらいで峠を越えそうなので、休みにはお弁当でも持ってピクニックにでも行ければと思っている。


ボンヤリとそんな事を考えていると、クロが床を歩く時に足の爪が当たって出てしまう音が聞こえたような気がする。目を閉じると一心不乱に「お手」と「お代わり」を繰り返してる姿が浮かんでくる。5年といばかなり長い時間だけど、一瞬だけその時間にもどってしまうような感覚をふと憶えることがある。でも、記憶というのは段々薄れて、遠くに置かれたマッチ箱のようになってしまうものだ。クロの足先の毛の色は何色だったのだろう?
母が亡くなった時に親戚の誰かからこんな事を言われたような気がする。「段々とね、部屋のドアを開けてもその人がいないという生活に馴れてくるのよ。始めは違和感があるけど、少しずつ、少しずつ馴れてくるものなのよ。」
今年も桜の咲く季節がやって来ましたね。