カリスマの系譜(6/12)

タイトルと全く関係ない事を書いてしまうのですが、庭の入り口に「しだれ梅」という木があります。春先にキレイな花が咲きますが、花の咲いた後に出てくる若葉が美味しいらしく、すぐに虫が付いてしまいます。半年に一回来てくれる造園業者が薬を撒いてくれているのですが、今年はまだ来ていないので、ちょっと可哀想な状態になってしまっていました。
という訳で、殺虫剤の噴霧器を買ってきて自分でチョコチョコやっています。噴霧器とか高価なのかなぁ、と思っていましたがそうでもありませんでした。4リットルのタンクのついているものが 2千円程度でした。今日は天気も良かったので殺虫剤を噴霧する前に少し剪定もしました。確証はありませんが、枝が多くなり伸びすぎてしまうのも良くないように思えます。日当たりとかも悪くなりますしね。散髪みたいなもんです。
その、しだれ梅の下にホタルブクロのお花畑が今年も出来つつあります。昨年も書きましたが、別に種をまいたわけでもないのに、いつのまにかここに自生するようになりました。密かに今年も楽しみにしていました。先月、機械を使った草刈りを一度やったのですが、ここだけは刈らないでおきました。なるべく他の雑草だけ選んで抜くようにしています。他の草だって一生懸命生きているのですが、やはりホタルブクロは奇麗なので大事にしてしまうのです。なんか女の子への接し方に近いものはありますね。もとい。その結果去年より更に多くなっているかもしれません。やはり人間の自然に対する影響力というのは大きいものなのだと実感します。すでに咲き始めていますが、あと1週間から10日後くらいが見ごろになりそうです。小雨まじりの方が奇麗に見えるかもしれませんね。花が咲いたのを見て1年経った事を感じるのも、良いものです。
さてさて、タイトルに関しても書かないと。グッドウィルの折口会長話題になっていますね。「殆どの人がやっぱりね、と思っているのではないでしょうか」。どっかの局のキャスターが言っていましたが、僕もそう思っていました。やはりジュリアナやっていた人が、介護に事業を広げるという道筋が、どうしても僕の中では理解出来なかったのです。というより不愉快だったのですね。
以前、仕事がなかった時期に(今も大差ありませんが)、グッドウィルの人材派遣アルバイトの説明会に出た事があります。そのシステムはある意味で実に良く出来たもので、効率最優先と評価による賃金のアップが細かく決められているものでした。そのマニュアルを二十歳そこそこくらいの小僧が得意げに喋っているのを見ていて、バカバカしくなり途中で帰ったのを良く憶えています。アルバイト派遣というのであれば、好き嫌いは別にして、そういうシステムも有りなのかなぁ、とは思っていましたが、グッドウィルがコムスンという名前で介護業務に参入した時に、効率最優先だけでは出来ない介護という業務を本当に出来るのだろうかと疑問に思っていました。


介護保険という事に関しては別の思い出もあります。以前にも書いたかもしれませんが、母は晩年リウマチを患っていたので、手首や肘、膝がやや不自由でした。介護保険を使って風呂場やトイレの改装が出来るというので、ケア・マネージャーさんを通じて実施しました。その見積書を見ると結構な額が、ある意味では簡単な手続きで保険から出てしまうので、少し驚いたのを憶えています。本心を言えば、保険で出る額が増えれば実負担は減るのですから、喜んではいたのですが「?」があったのは事実です(その顛末に関してはこちらにも書かれています)。


結局グッドウィルにとって介護保険というのは金の成る「ビジネス」だったのでしょう。ジュリアナ→人材派遣→介護、すべて「金儲けのためには何をやれば良いのか」という計算式から出てきた業種だったのではないでしょうか。更にそこには「儲けるためには少々際どいこともやっても良い」というオプションもあったように思えます。その系譜としては発生順に言えば、堀江→村上→折口となります。蛇足ながら面白いのは、マスコミがある時期はその三者を一様に「カリスマ」としてヒーロー扱いしていた事でもあります。
多分こういった事例は「規制緩和」というものがもたらしてきた、副産物なのではないかと思っています。官でやっていては競争が無くコスト意識が芽生えない、民間に解放して市場原理に任せた方がコストパフォーマンスに優れている、確かにこれは間違ってないのですが、同時に金儲けだけを考えて肝心の業務が手抜きになる、という悪例も出てくるという事も引き受けなければならない条件だったように思えます。ビジネス大いに結構なのですが、その業種において絶対不可欠なビジョンやモラルも忘れてはいけない、という事なのです。JRの福知山線の事故にしてもそうだったのではないかと思います。今後、このような事は、まだまだ出てくるような気がします。でも良くするのも悪くするのも、一番基本は自分たち一人一人からですからね、ちゃんと向き合って考えて行かなければならないのだと思います。


そう一つ「カリスマ」という事で言えば、堀江→村上→折口の前に麻原という人もいたように思えます。カリスマなんてそんなにゴロゴロ出てくるもんなのでしょうか?100年に一人くらいいれば充分なように思えます。きっと僕らの中にも手っ取り早く「カリスマ」に依存しちゃいたい、という安直な考え方があるのでしょうね。