美しい国になるために(7/23)

選挙が近づいている。今朝もテレビで政見放送をやっていた。皆が凄く歯切れの良い言葉で、自分のビジョンを語っていた。それをチラリと見ながら「皆選挙の時は分かり易い事を言うんだよな」と思ってしまう。勿論これは僕だけではない筈だ。
「政治で世の中良くなるの?」という疑問も確かに沸いてくる。確かに政治だけで世の中が良くなるとは思っていはいないが、政治に託さなければならない部分は確かにあるように思える。その政治は最終的には多数決の論理で動いている。多数決に対する是非も勿論あるとは思うが、民主主義において他に有効な決定方法が中々見つからないのもまた事実だ。
僕は専門的な事は分からないが、やはりここ一連の流れを見ていて今の国会の勢力バランスが少し変わった方が良いと思っている。物事が少し強引に決まり過ぎているように思える。リーダーシップと強引さは際どい関係にはあるとは思うが、やはり違うものだと思う。今回の選挙がそれに少しブレーキを掛けるような審判を下すかどうか。


今日こんな事があった。僕は車を走らせていて、交差点で対向車線に右折しようとしている車がいた。僕の走っている車線のドライバーが誰も譲らない上に、右折車線のない交差点なので、対向車線の右折車の後ろはかなり車が繋がっていた。
僕はパッシングをして、道を譲った。当然譲られた車が手を上げて挨拶した。それを見て進むと、その右折車の後ろで待っていた車のドライバーも手を上げて、僕に挨拶した。僕も手を上げた。そんな事が続けて二回もあった。一度目の相手はバスで二度目はゴミの収集車だった。
嬉しかった。僕の思う美しい国ってこんな感じなのではないかと思う。物凄く簡単に言えば人の心が美しい事。多分、バス、ゴミ収集車のドライバーと僕が交わしたものは、「おかげさまで」と「どういたしまして」という事なのだろう。そのドライバー達とは二度と会わないだろうし、当然会っても分からないだろう。でも一瞬だけ心が通った気がする。


ここのところ、カミさんの実家の片づけをやっている。不要になったものを捨てて生活スペースを少しでも広くするためだ。結構な量のゴミが出たので、まとめてゴミ焼却場に持っていった。その帰りに鶴見川の源流が近かった事を思い出した。
水が清らかな事。これも僕の中での美しい国の条件の一つだ。でも、まずは選挙だ。