凄いものを見た(12/12)

前回も書いた木村竜蔵クンのライヴ無事終了しました。とっても楽しかったなぁ〜。やはり若い人と演るのは刺激になります。「とっても勉強になりました」とか言われちゃいましたけど、お互いさまって感じです。来年もまた是非演りたいものです。
そんな合間に加藤さんの新作の完成盤が届きました。ネタバレになるので多くは書けませんが、とても好きです。良い出来上がりです。特に自分の演奏が・・・(またこれかい)。この録音はとにかく弾いた、嫌になるくらい弾いた、イヤイヤ、嫌になっても更に弾いたという印象です。別に強制されてではないですよ。自分の中にそんな命題をもって臨んだという事です。「とにかく弾ける限りは弾く」と。そのテイクの中から最良のものを選んでくれたのではないかと思います。聴いていると加藤さんの歌を支えられているように思います。あんまり偉そうなことを書くと(既に書いてますね)、ブッ叩かれるので・・・是非楽しみにしていて下さい。
さて、何が凄かったのかというと、昨夜見てきた柳家小三治独演会です。落語です。カミさんのお母様がとても落語が好きで、時々ご一緒させて頂くのですが、前回見た時は「確かに生で見ると凄いんだなぁ」という印象くらいで、誰だったのかと聞かれると「エートちょっと忘れてしまいました」という位だったわけです。ですが今回は正真正銘ブッ飛びました。
前座にお弟子さんが30分くらいやって、小三治の登場となるわけですが、まずは最近凝っている趣味はなんですか?という取材を受けたというところから始まるわけです。
「趣味ってったってねぇ・・・色々大変なわけで、例えば蜂蜜の場合は・・・・」と言って延々蜂蜜について喋るわけです。それが半端じゃないくらい面白いんです。蜂の巣の構造から、雄蜂と雌蜂は何が違うかとか、女王蜂は一生に一回旅に出るとか。
話術が凄い上にそのマニアックを超えた知識の深さで、こっちとしては「ハー」とか「ホー」「へー」くらいしか言葉が出ないわけです。それをおそらく30分くらいやった後で、「じゃぁ、しょうがないんでそろそろ落語でもやりますか・・・」とか言って粗忽をネタにした落語をサラっとやるわけです。当然それも充分面白いわけですが、さらにブッ飛んだのは15分の休憩をはんだ後半です。


「宗論はどちらが勝っても釈迦の恥、という言葉がありまして・・・・」という言葉から始まり、日本の宗教についてひとしきり話すわけです。信者は日蓮宗が一番多く、二番目は浄土真宗であると。
「しかし日蓮という人はなんで身延なんてとこに開山したんでしょうね・・・・」。しばらくはその身延山に詣でるのが、かつてはいかに大変であったかを喋るわけです。ここいら辺はまだ笑いがあるんです。
でもいつしか話は、冬に身延山詣でをしようとしている旅人が、吹雪にあって道に迷ってしまう話に入っていくわけです。そして一軒のあばら家に身を寄せると、そこにはかつて何年も恋焦がれていた吉原の芸者がいるという、なんともミステリアスな話に突入していくわけです。そしてその芸者だった女の頬には、かつては無かった刀傷があるという話なのです。
ここいら辺になると、先ほどまでの笑いは何処かに姿を消して会場は物音一つしない状態になっていました。本当に隣の人が唾を飲み込む音が聞こえるくらいです。


「その女の後姿はふるいつきたくなるような姿で・・・・」


その後、旅人が毒の入った玉子酒を飲まされて、命からがら逃げ出すという話に展開していくのですが、その頃には映画館で映画を見ているのではないかと錯覚するような状態でした。音楽が聴こえてきて、絵が見えるのですね。降り積もった雪の中を泳ぐように逃げている姿が見えるのですよ。本当に。でも舞台には小三治がいるだけなんです。
話術というものだけで、音楽が聴こえ、絵が見えてきた事は46年の人生で初めてでした。それともう一つの驚きは、落語というのは笑わせる話だけではないんですね。あれはとても質の高いサスペンスドラマですよ。
しかし、あの場を支配している小三治の間のとり方というのは・・・・。凄い。舞台に立つ身として、とても勉強になりました。