思い切って書きます (6/20)

日本が負けた夜に韓国対イタリアの試合を見た。前回の最後に書いたように韓国を共同開催国のパートナーとして応援するつもりでテレビのスイッチを入れた。
試合は開始5分で韓国がPKを得るという思いもよらない展開で動き出した。しかしこのPKを韓国ははずしてしまう。僕は正直いって嫌な感じがした。やはり取れる時に点を取っておけなかったチームは負けていくことが多いいからだ。案の定その後にイタリアに先制され試合はそのままいくのかと思わせた。やはり韓国にとってベスト16は大健闘だったと、しかも相手はイタリアだったんだから。しかしそういった僕の予想をくつがえして韓国選手の放つエネルギーは時間を経つにつれどんどん強くなっていった。それは乱暴にいえばこの試合が終わったら倒れて死んでしまってもいいというくらいの集中力をもって試合に挑んでいる選手が放つエネルギーだったと思う。その証拠にイタリアの選手の顔がリードしているにも関わらず徐々にひきっつてくるように見えた。その後の経過は皆さんご存知なのであえてここには書かないが何て凄い試合だっただろう。何て美しい試合だっただろう。
叱られてしまうかもしれないのだが、僕はあの韓国の勝利の感動と興奮の中で数時間前に行われた日本の試合を思い出して日本選手にはまだ余力があったのではないかと思ってしまった。確かに前回のコラムに書いたようにご苦労様でしたという気持ちで一杯ではあったのだが、あの韓国選手から伝わってきた異常なまでのエネルギーは正直言って日本の選手からは伝わってこなかった。それがとても残念に思えた。
それとくどいようだがもう一回書く。宮城スタジアムのゴール裏とピッチ両サイドにあったアンツーカーのトラックというよりもサッカーにとってはまったく意味のない空間が大田ワールドカップ競技場にはないということの違いをこれ程大きく感じたことはない。