1974郡山 (5/4)

お友達バンド「Frog&Trippers」のBBSに郡山ワンステップフェスティバルの事を書いたら思わぬ反響があったので嬉しくなってしまいました。もう少し詳しいことを思い出しつつ書いてみようと思います。


部屋に貼ってあったポスター


映画「ウッドストック」や「バングラデシュのコンサート」などを見ていっぱしのロック少年気取りだった僕が、1974年の夏に東北地方の郡山という場所で日本のウッドストックが開かれると聞いて「絶対に行く!」と決めてしまったのは中学二年の時でした。それからは親や学校、世間を騙し新聞配達で貯めたお金をにぎりしめて東北本線の夜行の鈍行に乗ったのは8月3日でした。強烈に記憶に残っているのはその夜に震度4くらいの地震があって列車が4時間くらい遅れてしまった事です。もちろんヒッピー気取りの若者で列車は満員で僕も新聞を床にひいて寝てました。もちろん僕もクソガキヒッピー気取りですね。会場は郡山の開成山公園の中にある陸上競技場でした。


僕が見たのは初日の8月4日と5日でした。フェスは一週間くらいの期間で行われていて最終日にオノ・ヨーコさんの出演が予定されていました。初日はロバータ・フラックの出演が予定されていたのですが直前にキャンセルされ代わりに(!)リタ・クーリッジとクリス・クリストファーソン夫妻が急遽出演しました。そしてトリは沢田研二&井上尭之バンドでした。あの当時のジュリーは本当に凄かった!現在個性派俳優の岸部一徳さんも現役ベースプレイヤーでしたし。その日の昼間の出演者で印象に残っているのは「イエロー」です。泉谷しげるの「国旗はためくもとに」とかを演奏した時になんかマイクスタンドを客席のほうに投げ込んだような記憶が・・・メチャメチャです。確かドラムはジョニー吉長ですよね。その後イエローはキッチリ泉谷しげるのバックもやってましたよね。「眠れない夜」のレコードはイエローの演奏だったと思います。初日の動員は2万人と発表されていた気がします。チケットは1500円だった記憶が。


8月5日は日本のアーティストのみでチケットは確か300円か500円・・・。初日の混乱ぶりと違ってゆっくり見れた記憶があります。昼間の早い時間に出てきたのがデビューしたての宇崎竜堂ひきいる「ダウンタウン・ヴギウギバンド」でした。「スモーキング・ヴギ」がヒットして超有名になるのは半年か一年後か・・・。見ているほうは「キャロルの二番煎じみたいなバンドじゃん」というようなリアクションもあったような気が。僕のその日のお目当のひとつ「スモーキー・メディスン」はトリ前の出演でしたが、「下北のジャニス」金子マリと天才ギタリストCharを擁する「スモーキー・メディスン」は直前に解散したらしく内田裕也氏の「代わりに1815R&Rバンドででシェキナ・ベイベー!」なんて事になってしまいました。
さてトリは四人囃子。その後の別のコンサートでもそうだったように、機材のチェックに充分時間をかけてました。あの頃彼等は20歳くらいだったのですから、それはそれでクソ度胸のある連中だったのでしょうね。でも僕はエコーチェンバー(懐かしい表現でしょ)のチェックだけでも「ウオー凄ゲー!!!!」と思ったものです。森園が途中で「この曲はピンク・フロイドの連中に直接演奏する許可をもらった曲です」と言って演奏したのは何の曲だったのか・・・記憶なし。「泳ぐなネッシー」の中間部では森園がステージ前にいるイカレたヒッピーに向かって「オラッ!歌え歌え!」と言ってました。クソ生意気な奴です。一触即発の最後の部分ではスタンドにかけた花火やバックステージから打ち上げられたロケット花火を見てえらくコーフンした気がします。僕はその後しばらくして東宝レコードよりリリースされた「一触即発」を瞬時にゲットしたのでした。


きっと今振り返れば色々な意味でメチャメチャなフェスだったのでしょうね。ただ「しょせんロックなんて枠組みの中にいないんだから」的なおおらかさはあった気はします。この稿を書くにあたって色々検索して当時の写真とかを見て懐かしく思いましたが、巨大だと思っていたステージもそれ程でもなかったりとか、人の記憶もあてにならないものですね。ただ僕の中のロック原体験である事は間違いないようです。