92年鈴鹿F1GP (6/25)

偶然手に入ったチケットを持って重く雲の垂れ込める鈴鹿サーキット稲生駅で降りるとまだサーキットまではちょっとした距離があるというのにすでにF1マシンの走る音が聞えてきた。それまでF1の車の音など生で聞いたたことはなかったのだがその音は間違いなくF1マシンから発せられているのだと思わせる何かがあった。それにしてもサーキットに向かう人の列が前にも後ろにも途切れなく続いている。車道はもちろん渋滞している。そこにはこれから何か凄い事が始まるのだという予感に満ちた空気が景色に降り注いでいるようで歩調が少しずつ早くなってしまう。
やがてサーキットの入り口に着き中に入って金網越しに赤と白の車が走るのが見えた時の感動を今でも憶えている。僕と友人は顔を見合わせて同時に言った。「セナだよ!」「マクラーレンだよ!おい、おい、おい!」。そして赤い車が走っていった。「おーっ!フェラーリだよ!」「えーっ、なんだよ!」エンジン音で何を言っているのかよく聞えないのだ。やはりそのものを現場で見るというのは本当に興奮するものなのだとハッキリと思った。
その日は予選の二日目で翌日の決勝のスタート位置を最終的に決める大事なタイムアタックが控えていた。しかし予選が近づくにつれ降りだした雨はどんどん強くなっていき予選は時間半ばで中止になった。僕等の前をナイジェル・マンセルのウィリアムズが悔しそうに走っていった。
その日は名古屋に戻って泊まり翌日再び鈴鹿に戻ってくることになっていたのだがサーキットから出るだけで一時間近くかかってしまった。その間にあれほど悪かった天気は急速に回復していき夕焼けが出てきた。「チェッ」という思いと「明日が天気になりそうで良かった」という複雑な思いを抱きながら名古屋に向かった。(つづく)

   92年鈴鹿F1GPその2 (6/28)

僕等の鈴鹿での席は自由席なのでのんびり行ったらどんな目に遭うか判らないので、翌日は早朝に名古屋を出発しました。確か朝5時前くらいに名古屋駅に行ったんだと思うな。曖昧な記憶ではまだ駅が開いてなかったような気がします。名古屋駅くらいになると24時間なのかな?だとしたらこの記憶は間違いですが。ここでは本当に大きな冒険があったんですよ。というのは名古屋から鈴鹿を目指す人は大勢いるわけです。基本的に皆さん考えることは同じで、なるべく早くかつ楽に着きたいと考えて日頃あまりお世話になっていない時刻表で一番良い電車を探すわけですね。横道ですが今だったらパソコンで一発検索ですね。10年前はそんな時代ではまだなかったようです。時代の変化は激しいですね。もとい。そして「これだ!」という電車を見つけて駅にいくとあらまぁなんと大勢の人たちがその電車に乗ろうとしていて大混雑ということになるわけです。もちろん僕等もその中の一人なので少し賢い僕等は電車の出発時刻より大幅に早く名古屋駅に行って並んで待とうという魂胆だったわけです。2時間くらい前だったんじゃないかな。なのですが名古屋駅には予想を上回る人が既にいました。確か駅の入り口か改札から走った記憶があります(おとといのW杯準決勝の帰りも駅まで走りましたね。終電あぶなかったんで)。その結果けっこう良いポジションをゲットしたのですが並んだ場所に大きな過ちがあったのです。(名古屋を中々出発出来ませんがつづく)

92年鈴鹿F1GPその3 (7/1)

僕等が並んだのは左図の赤い線で記したあたりでした。電車は向かって右から入ってきて左は行き止まりになっていました。僕等は早く行ったこともあって列の先頭あたりに並ぶことが出来てこれなら鈴鹿までの約一時間半を座って寝ていくことが出来ると一安心したわけです。ところがしばらくすると電車はもっとホームの真ん中、つまり僕等の並んでいる場所より右手に止まってしまうという怪情報が流れ始めました。これはかなりのショックでした。その情報に従って右手の列の後ろに並び直すのか、しかしすでに大勢の人が並んでいるので座って行くのは絶対に無理です。今の自分の場所を信じてここで待つのか、しかし電車が入ってきて情報どおりに右手に止まってから並び直したのでは座れないどころではなく乗れないかもしれないのです。あわてて近くにいた駅員に「どこに止まるのかおしえて下さい!」と詰め寄りましたが、その電車自体が臨時便だったこともあって「ちょっとそこまでは判りません」みたいな返答でした(今思えば面倒なのでしらばっくれてたのかもしれません)。こうい時は頭の中を色んな思いが去来しますね。動くべきなのか?動かざるべきなのか?もし悲運にみまわれたら自分の今までの努力は何だったのか?そんな不公平が許されて良いのか?そもそも駅員はちゃんとこういう時は情報を仕入れておいて誘導すべきじゃないのか?それにしても一体電車はどこに止まるのか?俺は腹の据わってない男だ。隣で落ち着いてスポーツ新聞を読んでいる奴の顔は気に喰わない。等々。
そんな超個人的脳内バトルを繰り返しているうちに時間は経ち僕等の待つ臨時便の電車はしずしずとホームに入線してきました。僕はあれほど電車がホームに入ってくる様子を集中し緊張して見たことはありません。これから先もおそらくないでしょう。(名古屋を中々出発出来ませんがつづく)

92年鈴鹿F1GPその4 (7/2)

減速しながらその電車は入線してきました。僕等は本当に食い入るようにその電車を見つめていたのだと思います。「キ-ッ」というブレーキをかける音がすると心臓がキュッと締め付けられるような気がして「バカヤロウ!ブレーキなんかかけないでこっちまで来い!」と思わず心の中で叫んでいました。そして電車の運転席が自分の前を通過して止まった時の喜びといったらそれはもう三日間荒れ狂った台風が過ぎ去って台風一過の美しい青空が広がってきた時のような気持ちと言っても良いのではないでしょうか。簡単に言えば「ヨッシャァァァ!!!一本もらった!!!」という感じで、思わず同じ列の人と肩を抱き合いお互いの健闘を賛え合いたいといった気分でもあります。
予想どおりその電車は大混雑でしたが僕等は座って鈴鹿まで行くことができ貴重な睡眠時間を確保できたことは言うまでもありません。そして鈴鹿は快晴でしかも前日座っていたのと同じ場所を確保することができ、後はスタートを待つだけになりました。(まだつづく)

 92年鈴鹿F1GP完結 (7/3)

ハッキリ言ってレースに関しての細かい事は憶えてないのですよね。ホンダ最後の年で優勝を狙っていたマクラーレンのアイルトン・セナがリタイアしたとかウィリアムズのマンセルがエンジンブローして目の前のコースを火を噴きながら走っていったとか、片山右京が順位を上げるとスタンドが沸くのに鈴木亜久利が順位を上げてもあまりスタンドは沸かなかったとか、スタートで「ウワ―ァァァァ!」ってなったまま2時間が過ぎたという状態ですよね,きっと。本当の興奮状態で見ているとあまり細かいことは憶えていないものなのかもしれませんね。10年も前ですし。でも一つだけ今でも強烈に記憶に残っているのはエンジン音の響きです。僕等の位置からはシケインコーナーは見えなかったのですが、そこに突入してくるF1マシンのシフトダウンの音が本当に凄いのです。それは耳に届くというよりは体全体に響くという感じでした。中でもフェラーリとウィリアムズの音は強烈に凄かった記憶があります。その後一週間くらいは体の中にその響きが残ってました。レースはウィリアムズのリカルト・パトレーゼが優勝しました。マンセルの後塵を押していた苦労人系のパトレーゼが優勝したのはそれはそれで「良かった,良かった」という感じでした。
帰路も電車に乗るのに2時間以上かかったりとか大変な事ばっかりでした。けどこのF1観戦は現場で見るというのはテレビで見ているのとは全然違うし楽しいものだ、ということを改めて実感させてくれた大きな出来事でした。もちろんテレビで見るのが悪いという意味ではなくテレビは切り取られた一部分しか伝えることが出来ないのだという事が体験として実感できたのです。そして現場に行くということはその目的に達する前後にも色々と面白いことがあったりするものなようです(早朝の名古屋駅で起きたようなこととかね)。このF1観戦以来興味のあるものは自分の足で見に行くことが本当に大事なんだと改めて思うようになりました。
マクラーレン鈴鹿のスタンド